◇動画共有サイトの政見放送は「不公平」か?【コラム】 インターネット-最新ニュース:IT-PLUS

先日話題になった都知事選政見放送についてのコラム。
これについては
◇雅楽多blog:さっさと公職選挙法を改正しちゃいなよ
で書いたけど、まぁ同じようなもんか。

それよりも
 マスコミは「編集権」を理由に、候補者の扱いに差をつけ、事実上有権者の判断に影響を与える情報をコントロールしてきたとも言える。時間や紙面の制約があるテレビや新聞であれば、「乱立する候補者すべてを平等に扱うわけにはいかない」という理由に一定の説得力があったかもしれないが、ネット上のスペースに制限はない。

こっちに反応。ついこのあいだも編集権という言葉に反応しちゃったんだよな。
◇雅楽多blog:だって信用できないもん

編集権ってなんだろう?それは『事実』を『真実』へとする道具ではなかろうか。

社会という河原には巨大な岩から石コロまで大小様々な『事実』が転がっている。
玉石混交から選別し、削り、磨き上げる。そして核心にある『真実』を浮かび上がらせる。
それが記者の仕事であり編集権の役目だろう。それは大事で尊敬すべき仕事だ。

だけど、そろそろ私は気付きはじめている。その磨き上げられた『真実』は『彼らにとっての真実』ではないかと。

研磨された『真実』は虚偽ではない。しかし、選ばれなかった、削り取られてしまったなかにも、私にとっての『真実の欠片』があるかもしれない。
そんな『真実の欠片』に出会う為に私は長いことネットというジャンクの海を漂っている。

そう遠くない未来、この海も研磨された美しい情報で満たされるのだろう。
それは真っ当で正しい在り方だ。
ただ、そこはもう漂流する海ではない気がする。