◇「面倒になった」…広島の介護放棄殺人で妻・長男 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞
「殺すつもりはなかったが、介護が面倒になった」か…
酷い話だ、無責任だ。いくらでも非難する言葉はあるだろうけど、私にはできないや。
だって私はほぼ寝たきりのオヤジに、はっきりとした殺意を覚えたことがあるから。
それを実行に移すかどうかは、綱渡りに失敗して右に落ちるか左に落ちるかの違いでしかないと思う。私はたまたま右に落ちたら、そこにはネットが張ってあった。でも左に落ちていたら…
それはほんとに「たまたま」程度の差でしかないんだよ。
まぁこの短い記事では事の全容も動機などもわかるはずもないけど…
ちょいと思い出した昔話でも書かせてもらいます。長くなるかもしれないから追記にしとこう。
広島市安芸区で寝たきり状態だった松田洋一さん(60)が衰弱死した事件で、殺人容疑で逮捕された妻の由美子容疑者(63)らが広島県警の調べに対し、「殺すつもりはなかったが、介護が面倒になった」などと供述していることがわかった。
「殺すつもりはなかったが、介護が面倒になった」か…
酷い話だ、無責任だ。いくらでも非難する言葉はあるだろうけど、私にはできないや。
だって私はほぼ寝たきりのオヤジに、はっきりとした殺意を覚えたことがあるから。
それを実行に移すかどうかは、綱渡りに失敗して右に落ちるか左に落ちるかの違いでしかないと思う。私はたまたま右に落ちたら、そこにはネットが張ってあった。でも左に落ちていたら…
それはほんとに「たまたま」程度の差でしかないんだよ。
まぁこの短い記事では事の全容も動機などもわかるはずもないけど…
ちょいと思い出した昔話でも書かせてもらいます。長くなるかもしれないから追記にしとこう。
うちのオヤジの最後の入院は一年ぐらいだったかな?個室で要付き添い状態でした。
このころの我が家は酷い状態で、お婆ちゃんも痴呆で寝たきりになっていたんですね。おまけにオヤジの経営していた会社は潰れましたし。
そんななかでうちの母親は凄かったと思います。昼間は仕事(自宅で店やってた)とお婆ちゃんの世話、夜は病院でオヤジの付き添いですからね。
で、週末だけ私が代わって病院に泊まりました。母親がやっていたことに比べれば一割にも満たないようなことでしたけどね。
オヤジは痴呆ではありませんでしたが、痛み止めの薬(麻薬ですかね?)のために、夢現の状態でした。もちろん言動もまともじゃありません。
そしてその言動を受け流せるほど当時の私は大人じゃなかったんですね。だって中学生だもん(笑)
そんなこんなでいろいろたまってたんですね。また、経済的に破綻したのもオヤジに甲斐性がないからだ!なんて憎しみもありました。
そういうたまったものが、殺意になったのは些細なことでしたね。
病院の消灯は早いです。でも中学生の自分、そんな環境のなかで早寝なんてできやしません。
それをかわいそうに思ったのか、看護婦さん(病院のスタッフは良い方々でした)から消灯後もテレビを観てもいいと言われたんですよ。
ありがたい話です。簡易ベッドに横になりイヤホンをしてテレビを観ていました。
と、腕がツンツンと引っ張られました。寝るときには腕に紐を結び、一方をベッドに結んで、オヤジが引っ張って私を呼べるようにしてあったんです。
なにかと思えば「テレビを消せ」とのこと。看護婦さんに許可もらっているって言ってもききゃしません。
カッときました。呼び出し用の紐をギュッと握り締めた手のひらが、どんどんと汗ばんでいった…そんな記憶が私の中にベットリとこびりついています。
ほんとに些細なことですよね。きっかけはテレビだなんて情けないかぎりです。
でも、あのときに燃え上がったのは本当の殺意でした。
それを踏みとどまったのは、私に自制心があったとかではなくて、先に書いたように「たまたま」殺さなかっただけだと思うのです。
そういえば、お婆ちゃんにはそういう殺意は感じませんでしたね。
でも「世話をするのが嫌だな」「もう死んだほうがいいんじゃないのか」という気持ちになることはありました。
それは消極的な殺意かもしれませんね。
冒頭で取り上げた事件の「殺すつもりはなかったが、介護が面倒になった」と共通するものがあるかも…
やはり、こういった事件の当事者たちと私とに、大きな違いはないのでしょう……
このころの我が家は酷い状態で、お婆ちゃんも痴呆で寝たきりになっていたんですね。おまけにオヤジの経営していた会社は潰れましたし。
そんななかでうちの母親は凄かったと思います。昼間は仕事(自宅で店やってた)とお婆ちゃんの世話、夜は病院でオヤジの付き添いですからね。
で、週末だけ私が代わって病院に泊まりました。母親がやっていたことに比べれば一割にも満たないようなことでしたけどね。
オヤジは痴呆ではありませんでしたが、痛み止めの薬(麻薬ですかね?)のために、夢現の状態でした。もちろん言動もまともじゃありません。
そしてその言動を受け流せるほど当時の私は大人じゃなかったんですね。だって中学生だもん(笑)
そんなこんなでいろいろたまってたんですね。また、経済的に破綻したのもオヤジに甲斐性がないからだ!なんて憎しみもありました。
そういうたまったものが、殺意になったのは些細なことでしたね。
病院の消灯は早いです。でも中学生の自分、そんな環境のなかで早寝なんてできやしません。
それをかわいそうに思ったのか、看護婦さん(病院のスタッフは良い方々でした)から消灯後もテレビを観てもいいと言われたんですよ。
ありがたい話です。簡易ベッドに横になりイヤホンをしてテレビを観ていました。
と、腕がツンツンと引っ張られました。寝るときには腕に紐を結び、一方をベッドに結んで、オヤジが引っ張って私を呼べるようにしてあったんです。
なにかと思えば「テレビを消せ」とのこと。看護婦さんに許可もらっているって言ってもききゃしません。
カッときました。呼び出し用の紐をギュッと握り締めた手のひらが、どんどんと汗ばんでいった…そんな記憶が私の中にベットリとこびりついています。
ほんとに些細なことですよね。きっかけはテレビだなんて情けないかぎりです。
でも、あのときに燃え上がったのは本当の殺意でした。
それを踏みとどまったのは、私に自制心があったとかではなくて、先に書いたように「たまたま」殺さなかっただけだと思うのです。
そういえば、お婆ちゃんにはそういう殺意は感じませんでしたね。
でも「世話をするのが嫌だな」「もう死んだほうがいいんじゃないのか」という気持ちになることはありました。
それは消極的な殺意かもしれませんね。
冒頭で取り上げた事件の「殺すつもりはなかったが、介護が面倒になった」と共通するものがあるかも…
やはり、こういった事件の当事者たちと私とに、大きな違いはないのでしょう……










これは介護をやった人間でなければわからないですよ。仕事をして帰ってきたら排泄や食事の介助。余命いくばくもないならまだしも、これが後10年続くかもなんて考えたら・・・。
ギネスに載った司会者がなんでこんなことをとかいってるけど実際にやってみればいい。そんなことほざけなくなるから。