◇ダービー騎手OB戦!JRAが夢プラン - 競馬ニュース : nikkansports.com
かってファンを沸かせたダービージョッキーたちがターフに戻ってくる。JRA総合企画部では東京競馬場の新スタンド完成記念イベントとして、引退したダービー優勝騎手によるレジェンドレースを企画。関係者に打診を始めた。

これはなかなかにナイスな企画なんではなかろうか。ぜひとも実現させてほしいところです。
ダービージョッキーの皆様も協力してほしいです。JRAもたんなる見世物にしないで、騎手へのリスペクトを忘れずにね。競馬学校在厩馬がどのていどの競争能力があるのかしりませんが良い馬を揃えてほしいものです。

ぶっちゃけて言ってほんとに観たいのはダービーホースも一緒の姿(騎手の方々には申し訳ないが馬の方が主)ではありますが、もちろんそれは無理ですからね。記憶の中で輝いているダービーホースたちの姿を思い浮かべることで満足しましょうか。

私的にもっとも記憶に残っているダービーホースというと…アイネスフウジンですね。
あのダービーのときのアイネスフウジンはほんとうに速かった。その名前の通りの風、ターフを駆け抜けた疾風でした。わきあがった「ナコノコール」も当時は新鮮でしたしね。今の予定調和的なバカ騒ぎとはまた違う気がします。
そのフウジンももはやこの世にはいません。風とともに去っていってしまいました……
こっそりと、大昔に書いたアイネスフウジンへの駄文を追記しておく。競馬に燃えていたころがあったのよね。

『風とともに去りぬ』 アイネスフウジン

 1990年日本ダービー アイネスフウジン 2.25.3レコード

 特別なダービーだったと思う。
 競馬ブームがまさに頂点に向かおうという時のダービー。

 私自身もこの少し前から競馬の魅力にとりつかれ初めていた。
 そしてアイネスフウジンが驚異のレコードで疾風の如く逃げ切った後に沸き起こった“ナカノ”コール。それは現在の予定調和的な、あるいはレース前からの馬のことも考えない馬鹿騒ぎとも違っていたような気がする。新世代の競馬ファンの前で、新時代の馬が新しいダービーの勝ち方を見せつけた。

 そんな特別なダービーだった。

 人気はメジロライアンだった。続いて皐月賞馬のハクタイセイだったと思う。フウジンは最優秀三歳牡馬で、不利を受けた皐月賞でも二着にきたが、ここでは前記の二頭に人気を譲っていた。
 私の予想はライアンだった。フウジンも気にかかったが、2400メートルを四歳の馬が逃げ切れるとはとても思えなかった。ライアンから人気薄に流し、フウジンへの馬券はオマケに買った程度だった。

 アイネスフウジンが逃げた。かなりのハイラップ。しかし、これは予想通り。勝負は最後の直線。このハイペースで逃げ切れるわけがない。最後はライアンだ!
 直線坂上からライアンが最後のスパート!捕らえられる、射程距離だ!と私は思った。だが……

 1と1/4馬身差。ライアンはフウジンの影さえ踏めなかった。猛然と追い込むライアンの前で、アイネスフウジンは軽やかに逃げ切ってしまったのだ。空前のレコードタイムで。

 私は何か不思議なものを見たような気がした。

 ライアンの“強さ”はフウジンの“速さ”の前に完全に封じ込められた。“スピード”がダービーを制したのだ。
 アイネスフウジンはその名の通り風だった。風を捕らえることなど誰にもできはしないのだ。

 その後、彼は温泉に休養にだされた。秋に向けての休養だと私は思っていた。彼なら菊花賞でも逃げ切れるかもしれない。京都の3000メートルであの“疾風の逃げ”がもう一度見たい!しかし……

 ダービーから三ヶ月後、彼は引退した。

 もともと足元に不安があったらしい。軽々と勝ったように見えたダービーも、その実、能力以上のものを出しきった結果だったのだろう。
 ターフを吹き抜けたアイネスフウジンという名の疾風は、私に鮮烈な印象を残して去っていった。