livedoor ニュース - 緊縛に異常な悦び 連続殺人犯BTKに終身刑

 レーダーは91年の殺人を最後に影を潜めていたが、2004年にマスコミに再び犯行声明を送りつけていた。この際、同封されていたコンピュター・ディスクから足がつき、ことし2月、事件発生から31年ぶりに逮捕された。

 各種報道を総合すると、法廷の審理を通じて、レーダーの異常性が次々と明るみに出た。レーダーは、犯行を記録した日記や、犯行写真や遺留品を集めていたほか、事件の報道のファイルや、鎖、手錠などの緊縛に使うロープなどを所持していた。またポルノ雑誌や、自ら描いたわいせつなスケッチも残っていた。

 最初の殺人が起きたのは1974年1月。夫婦とその娘(11歳)と息子(9つ)の計4人が殺害された。レーダーは11歳の少女を関心を持ち、犯行を決行したとされる。レーダーは逮捕後、警察に対し、殺害する前に少女と話した会話の内容を告白している。

 この事件の後、レーダーは20歳代の女性らを相次いで殺害し、最後の殺人となった91年の事件を含め、女性7人、子ども2人、男性1人の計10人を殺害した。91年の事件では、62歳の女性が絞殺された。

 カンザス州では、大掛かりな捜査が行なわれたが犯人検挙には至らなかった。この間、レーダーは、マスコミ、警察に犯行声明を数回送りつけた。現場で自ら撮った犠牲者の写真や遺留品の一部を声明文に同封し、自らを「BTK」と名乗った。「Bind(縛る)、Torture(拷問する)、Kill(殺害する)」の3つの単語を頭文字を使ったものといわれている。

 レーダーは、警察の調べに対し、絞殺で握力が弱まった感じがしたので、筋力強化をしたことがあるとも供述していた。また報道によると、犯行現場から持ってきた女性の下着を自ら着たりしていたことや、自分の体をテープで縛ったものの、その後身動きが取れなくなったこともあったという。

このBTKが衝動をおさえきれずに再び犯行声明を送らなければ…これほどの犯罪をなしたものが、そのまま闇に消えていたわけか……